第2.4 一里塚をつくる

4 一里塚をつくる

Fの山攻略法

当面の目標を設定する (2.4.1)

 

「100%を求めない」「優先順位をつける」という発想に基づき、目標達成のために必要な「やるべきこと」をどんどん減らします。しかし、そのようにしても、まだ「やるべきこと」がたくさんあって、やりきれない、ということもあるでしょう。

 

そういうときは、「最終目標」と「自分の現在の位置」との中間に「当面の目標」をいくつか設定するとよいでしょう。

 

これについては、ちょっと目先を変えて、ギターをマスターする方法を例に説明しましょう。

 

私は、中学2年生のころ、バンドをやっている先輩たちが女の子にキャーキャー騒がれているのを見て、「これはギターをやるしかない」と決意し、あるところからフォークギターを入手してくると、教本を買ってきて、独学で練習しました。

 

14歳の決意

 

ギターには六本の弦があり、1番下の「1弦」が最も高い音域、1番上の「6弦」が最も低い音域をカバーします。そして、左手の指を使って、何本かの弦を押さえて和音を作り(コード)、一方、右手の方は、ジャカジャカと掻き鳴らすか(ストローク)あるいは指でつま弾きます(アルペジオ)。このアルペジオで弾く場合は、低い方の6弦から4弦までの3本を親指が担当してベース音を出し、高い方の三本は順に、人差し指が3弦、中指が2弦、薬指が1弦を担当します。

 

ギターを少しでもやってみようとした人ならわかると思いますが、ギターに挑戦して最初に迎える山場は、「F」というコードが出来るようになるかどうかです。ハ長調の曲を弾こうとすると「C」「F」「G」という3つのコードは基本で、必ずと言っていいほど出てきます。ところが、この「F」のコードは、人差し指で一本で同時に6弦、2弦、1弦を押さえなければなりません。指の先の方で6弦を押さえながら、指の付け根の方で2弦と1弦を押さえるのです。しかし、これが初心者には神業に思えます。指がつりそうになり、「到底できない」と思えます。そこで、ここで挫折する人がとても多いのです。実際、私もそうでした。これは無理だと思えました。

 

けれども、私は、次にこう考えました。

 

「どうせオレは、女の子にモテたくてギターをやってるんだけなんだ。
 なら、ちょっとくらいいい加減でもいいじゃないか?」

 

そして、とりあえず「F」のコードを弾くとき、6弦のことは考えないことにしました。「F」のコードにおいて、本当はこの6弦はとても重要で、この6弦でベース音の「ファ」を出します。けれども、一オクターブ高い「ファ」で妥協するならば4弦でも「ファ」を出すことはできるのです。

 

「じゃ、まあ、これで代用しとくか」

 

Fの壁攻略法

 

というわけで、私は、ちゃんとした「F」は諦め、このベース音を4弦で代用した「Fっぽいもの」で当面弾くことにしました。なんともいい加減な話です。しかし、その後も私がギターを続けることができ、バンド少年としてそれなりに楽しい中学・高校生活を送ることが出来たのは、このいい加減さが功を奏したとも言えます。というのは、この「Fっぽいもの」で代用しながら、いろいろな曲を弾けるようになると、そのうちにギターの扱いにも慣れてきて、結果的には、ちゃんとした「F」も押さえることができるようになったからです。

 

なんでも最初から完璧にやろうとすると、そこで挫折してしまいます。

 

「Fが押さえられない。オレはダメだ」

 

とあの時考えていたら、私はギターを弾けるようにはならなかったでしょう。当面は、「まあこれでいいや」と考えたからこそ、続けられたわけです。その「Fっぽいもの」でいいからこの曲を弾けるようになろう、と「当面の目標」を低く設定したからこそ、挫折せずに済んだとも言えます。 

 

時期が来ればそれほど苦労せずに出来るが、時期が来ないとどんなに苦労しても出来ない

 

というものがあります。この「F」コードもそうですし、法律学の教科書などにもそういう側面があります。どうしても理解できない、という箇所にぶつかることがあります。どんなに頭を捻っても、何を言いたいのか、理解できない。こういうときに完璧を目指そうとすると、一歩も前に進むことができなくなり、挫折してしまいます。

 

ところが、当面の目標を「わかってもわからなくても、とにかく最後まで読み切ろう」という低いところに設定すると、それでも読み進めることができます。しかも、法律学の場合は、ずっと後の頁を読んでいるときに「ああ、アレはこういうことが言いたかったのか」と急に分かったり、あるいは、二度目に読み返してみたとき「なぜ、自分は最初に読んだ時にこのことが理解できなかったのかが不思議だ」と思えるくらい、すんなりと理解できる場合がよくあります。つまり、物事には「時期」というものがあるのです。そこで、どうしても無理そうなことにぶつかった場合は、その時に無理にそれをやり抜こうとせず、それより低い「当面の目標」を設定する方が合理的です。もっとも、私のギターに関して言えば、そういういい加減な性格が功を奏して続けることができた反面、そんないい加減さのせいであまり上手くはなりませんでしたが……。

 

問題を小部分に分割する (2.4.2)

 

デカルトは、その著書『方法序説』の中で、彼が考案した「真理を見出すために従うべき4つの規則」について述べていますが、その2つ目として、

 

「わたしが検討する難問の1つひとつを、できるだけ多くの、しかも問題をよりよく解くために必要なだけの小部分に分割すること」

 

という規則を挙げています(デカルト著・谷川多佳子訳『方法序説』岩波文庫29頁)。

 

これは後に「分析の規則」と呼ばれるものですが、これも「敵を小さくする」という発想と通じるものがあります。

 

難問に対して私たちが上手く対応できないとき、多くの場合、それは、難問が大きすぎることに原因があります。そこで、その難問をいくつかの「小さい問い」に分割できないかを考え、分割したうえで、一つひとつをやっつけていくことにします。小さく小分けにすることにより、問いの数は増え、その分、時間を要するかもしれませんが、とにかくこの作戦で全部をやっつけることが可能になります。

 

当面の敵を小さくすれば、それには勝つことができます。例えば、3人に同時にかかってこられたら負けてしまうかもしれませんが、1人ひとりになら勝てるという場合、まずは当面の敵を1人にする方法を考えるべきです。そうしておいて3回対戦するならば、こちらが勝てるということになります。これは少人数で多人数とケンカするときの鉄則だと聞いたことがあります。

 

しかし、そんな「ケンカの鉄則」などという野蛮なことを考えるまでもなく、私たちは、日常的にこの作戦を使っています。私たちは、モノを食べる時、いつもそのモノを口に入るサイズに切り分けて食べています。これも「当面の敵を小さくする」ということです。一口で食べることができないモノでも、切り分け、分割することによって、何口かに分けて食べきることができます。

 

ですから、私たちは、「自分の口が小さい」からといって悲観はしません。自分の口に入るだけのサイズにして食べればいいだけだからです。口の大きな人なら1口で丸呑み出来るものを、自分は1口で食べられなくても、4口にでも、5口にでも切り分けて食べれば済む問題です。口が小さいという「ハンデ」は、対象を切り分け、何回かに分けて食べる、という労力と時間とによって乗り越えることができます。この理屈は、他のものにも応用できます。

 

ですから、「自分が弱い」からといって悲観する必要はまったくありません。たいがいの場合は、「当面の敵を小さくする」というこの工夫で、乗り越えることができるからです。

 

デカルト「難問は分割せよ」


とりあえず、デカルトを読んでみたくなった方へ……

 

とりあえず、ギターを始めてみたくなった方へ……

 

とりあえず、グワァシッ!について知ってみたくなった方へ……

関連ページ

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はじめに 目 次 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章