第3.1 弱くて小ちゃな自分と向き合う

1 弱くて小ちゃな自分と向き合う

弱くて小ちゃな自分と向き合う

自分を大きくするとは? (3.1.1)

 

「自分を大きくする」とは、その目標を達成するために必要なチカラを自分が身につける、ということです。

 

前章でみた「敵を小さくする」ということが、クルマにたとえると「カーナビによって最適ルートを選択する」というものであるとするならば、「自分を大きくする」というのは、「エンジンを改良し強化する」ということにあたります。

 

まあ「戦略」などと言うのはおこがましいくらい、当たり前のことですね。このサイトの最初にスーパーマンの例を挙げましたが、スーパーマンならば、もともと完璧ですから、自分を大きくする必要などありません。しかし、多くの人は、スーパーマンではなく、パワー、スピード、スタミナのいずれもが不足しています。目的を達成するために必要な最低限度のチカラさえ不足しているのであれば、これらを補充するしか仕方ありません。これは、つまり、自分を鍛えるということであり、試験であれば、試験勉強し、実力を身につける、ということです。

 

けれども、「鍛える」というのは、一般にツライことです。ですから、出来ることならやりたくないのが人情。しかし、仕方がないからやるわけですが、どうせなら出来るだけ効率的にやりたい、というのが本音です。

 

そこで、この章では、いかにして効率的に自分を大きくするか、ということを考えたいと思います。

 

短所を埋めるか、長所を伸ばすか (3.1.2)

 

人は、自分のもっている全体的なチカラを大きくしようとするとき、多くの場合、自分の短所を埋めて弱点をなくすことを目指すか、自分の長所を伸ばすことで弱点をカバーするか、というという選択を考えます。そして、一般には、

 

自分の長所を伸ばすという選択に流れがち

 

です。
人がそういう選択をしがちなのには、いくつかの理由があります。

 

第1に、短所を埋めることに比べて、長所を伸ばすことの方が、ラクだし楽しいということがあります。

 

もともと、長所は、そのことが得意だから長所になっているのであり、そのこと自体が元来好きであるのが普通です。しかも、他人よりも秀でている部分を伸ばす努力には、優越感が伴います。これに対して、短所を埋める作業は、もともと不得意だからこそ短所になっているのであり、元来そのことが嫌いなことが普通です。多くの場合これを埋める作業には、苦痛を伴います。ですから、何とかそれをやらずに済ませたいとと人は考えます。

 

第2に、短所を埋める場合、否が応でも自分の弱点と向き合うことになります。

 

しかも、その埋める作業を続ける限り、いつも「なんでオレは他人よりも出来ないのだ」と思い知らされ、悲しくなります。このストレスが、短所を埋める作業から人を遠ざけます。

 

第3に、短所を埋めることなど本当に出来るのだろうか、という疑問です。

 

どうせ努力したって短所を埋めることなどできない、と思えば、それをしようという気が失われるでしょう。例えば、「性格が悪い」とか「気が利かない」とかいうものが自分の短所である場合、それが本当に直るのか、直せるのかという疑念が湧くかもしれません。私としてはやりようがあるように思いますが、その症状にもよるでしょうし、具体例を前にしているわけではわりませんから、何とも言いようがありません。

 

例えば、論文式の試験においては、「字が汚い」とか「書くのが遅い」などというのを短所としている人もいます。このうち「字が汚い」という方については、試験に問題のないほどに字を読み易く書けるようにすることは、確実に可能であり、実際にその実例をいくつも見ています。これに対して、「書くのが遅い」という方については、何とも言えないものがあります。実際、かつてこのことを短所としていた司法試験受験生が教え子の中にいました。結局、彼は、合格を果たしたのですが、字を書くスピードを速くすることで合格したのではなく、他の工夫でそのハンデを乗り越えたのでした(どのような方法でこれを乗り越えたのかは、次章で触れることにします)。

 

このように短所の中には、埋めることができない短所があることも事実です。この場合には、これを「埋める」ことは諦め、何か別の方法でその弱点をを「補う」しかありません。このことは、次の章で検討することにします。しかし、多くの場合、短所は埋めることができる場合がほとんどです。

 

短所を埋めるか、長所を伸ばすか?

 

この2つは車の両輪のようなもので、両方が必要であり、どちらか一方だけというものではありません。経験的に言えば、最初は、長所を伸ばすことに重きを置き、気分を高揚させながら実力を高め、最終的には、短所を埋める地道な作業をする、というのが良策のように思います。最初から短所を埋めることばかりしていると、気分が滅入ってしまいまって、どうしようもありません。しかし、いつまでも短所に目を向けなければ、勝利はありません。ですから、最終的には、短所を埋めたり補ったりすることは、確実に必要なことです。

 

弱くて小ちゃな自分と向き合う (3.1.3)

 

自分の短所や弱点と向き合うことは、だれにとっても、ツライことです。それは、本来目を背けたい、認めたくないものです。けれども、その「弱くて小ちゃな自分」と向き合うことが出来た瞬間が、多くの場合に、その後の成長のスタートになります。

 

長らく司法試験の受験指導をしてきた経験から言えば、合格した人の共通点として

 

自分の弱い部分をよく知っている

 

ということがありました。そして、それに対処しなければならないこともよく知っていて、だからこそ、それを埋めたり補ったりしながら合格することができたようでした。

 

私自身にも、自分と向き合うことのできた瞬間があります。その瞬間のことは、いまでも鮮明に憶えています。

 

しかし、残念ながら、それは司法試験のことではなく、「なんで自分は女の子にモテないのだろうか?」という極めて卑近な問題に関してでした。

 

あれは、大学2年生のころでした。当時、私が通っていた大学の法学部1学年の学生数は800〜900人ほどだったと思いますが、その中で女子学生の数は30人ほどでした。私は、入学するとすぐにそのことに激しくショックを受けました。しかも、その大学では、法学部だけが2年生から東京にある別のキャンパスに移るため、他の学部の女子学生との交流も非常に困難な状態でした。つまり、どうやって彼女を作ったらよいのだろうか、というのが、当時の私の前に立ちはだかった大きな問題でした。

 

中学・高校時代は、バンド少年だったこともあり、それなりにチャラチャラとした学生生活を送り、彼女にようなものにも困りませんでした。ところが、大学生になり、状況は一変しました。とにかく、まわりに女子学生がほとんどいないのですから――。

 

「彼女を作りたい!」

 

その一心で私がまず最初に始めたのは、「ナンパ」でした。しかし、この方法では、ほとんど成果らしい成果を得られず、私は打ちのめされました。
その日も、確か、「ナンパ」でさんざんな目に遭った日の帰り道だったように思います。

 

私は、お茶の水駅から中央線に乗りました。車内は空いており、私はベンチシートの真ん中にドッカリと疲れた身体を投げ出しました。見るとはなしに見ると、向かいの車窓のガラスに自分の疲れ切った顔が映っています。それをジッと見つめて、ある考えが浮かびました。

 

「ダメだ。オレ、モテるわけない。だって、全然カッコよくないもん――」

 

そして、無性に悲しくなりました。カッコよく生まれついたヤツが羨ましい、と思いました。弱くて小ちゃい自分に出会った瞬間でした。

 

――ところが、次の瞬間、ある考えが浮かびました。

 

「確かに、オレはカッコよくない。けれど、同じクラスのMよりはいい男だろう」

 

失礼な話ですが、正直そう思いました。と同時に、重大な事実を思い出しました。Mには彼女がいるようなのです。

 

「なぜ、オレよりもブ男のMには彼女がいるのだろうか?」

 

本当に本当に、失礼極まりない話なのですが、この疑問が、その後の私の人生を変えたとも言ってもよい転換点なのでした。どう考えても、Mがルックスで女の子を惹き付けているようには思えませんでした。そうだとすると、Mは、どのような魅力で女の子を惹き付けているのか?

 

最初に思い浮かんだのは「話術」でした。
実際、そのころ私自身も、女の子と話すときに、どんな話をしたらモテるのか、日夜、腐心していました。その手の雑誌を買い込んでは、流行の音楽や流行のスポットの情報を仕入れ、女の子を飽きさせない話題を準備することに余念がありませんでした(※当時の私の愛読書は「HotdogPress」と「POPEYE」)。

 

「よし。じゃあ、明日、Mを呼び出して訊いてみよう」

 

私は、そう考えると、早速、翌日、授業の合間にMを大学近くの喫茶店に連れ出し、話を聞くことにしました。

 

救世主Mくん (3.1.4)

 

「ねえ、Mくんってさ、女の子と話をする時、どんな話をするの?」

 

私は、コーヒーが出るのも待ちきれず、Mにこう切り出しました。
するとMは、ニヤリと笑い、タバコの煙をプカリと吐き出してから、私に向かって逆にこう質問をしたのでした。

 

救世主Mくん

 

「ヘチマってさ、幼稚園、出たよね?」
「……うん」

 

私は、Mが一体何を言いたいんだろうと戸惑いながらも、そう答えました。
Mの質問は続きました。

 

「小学校も出たよね」
「うん」
「中学校も出たよね」
「うん」
「高校も――」
「うん。高校も出たけどさ、それで何が言いたいわけ?」

 

じれったくなった私は、とうとうMの言葉を遮ってそう言いました。
するとMは、またニヤリと笑い、ゆったりとした口調でこう言ったのでした。

 

「じゃあ、話すことなんていっぱいあるじゃん?」
「え?」
「だからさ、小学校の時、どんなテレビ見てた、とか、何が好きだったとか」
「……」
「相手の女の子だって、幼稚園を出て、小学校を出て、
 中学校を出て、高校を出てるわけだから、共通の話題なんて一杯あるじゃない?」
「――Mくんって、女の子とそんな話してるの?」
「そうだよ。そういう話題を振ったら、女の子の方が勝手に話したい話をするよ」

 

このMの言葉は、当時の私にとっては、衝撃でした。その手の雑誌に躍らされ、日夜「おしゃれな話題」を仕入れることに腐心していた私に、まさに冷水を浴びせる言葉でした。

 

その後、私は、いろいろあって、それほど女の子には苦労しなくなるのですが(自慢ではありません)、しかし、思い返してみると、このMとの喫茶店での会話が、その後の私のその後の恋愛戦略すべての原点であり、さらにこれは、私がその前日に、車窓に映った自分の情けない姿を見て「弱くて小ちゃい自分」と向き合ったことが、そもそもの始まりでした。

 

この日、私は、Mから、自分が陥っていた大きな勘違いに気付かされ、自分に欠けている本当のモノが何かを思い知らされたのでした。だからこそ、私は、その日から30年以上経った現在でさえ、その時の喫茶店でのMの表情や話しぶり、タバコの煙をぷかりと吐き出す様子や、その喫茶店の雰囲気までも、生々しく思い出せるほどに、明確に記憶しているのです。

 


なぜか温泉に行きたくなった方へ……

 

  

 

すぐにでも温泉に行きたくなった方へ……

 

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